薬草ストーリー

【幼い頃の思い出】

実家の軒先に、青く美しい実をつける植物が植えられていました。
「なぜここに?」――幼い頃からその植物が不思議で、ただの鑑賞用とは思えず、何か特別な意味があるのではと感じていました。

【先祖のルーツ調査でわかったこと】

月日が流れ、あの植物のことも忘れかけていたある日。父が急逝し、実家の蔵の整理をすることになりました。
蔵の中には、まるで時間が止まったかのように先祖の暮らしがそのまま残されていて、薬の瓶や、看病に使われたと思われるガラス製の道具も見つかりました。漆器のお盆に描かれた、見たこともない植物の絵柄にも心惹かれました。

調べを進めるうち、実家は江戸時代に庄屋を務めていた家であり、その文書が県の資料館に所蔵されていると知ります。その史料の中で、ある村医者の名前に目が留まりました。というのも、実家近くの墓所で倒れていた墓石に刻まれていた名前と一致していたからです。

資料の内容から、この村医者が我が家の先祖と深く関わっていた人物だとわかりました。
「この墓石のこと、子孫の方はご存じなのだろうか……?」と気になりながらも、なす術もなく月日が流れていきました。

あの薬の瓶と、この村医者。きっと何か関係があるに違いない――そんな想いが心から離れませんでした。

【村医者の子孫との出会い】

それから数年後、思いがけずその村医者の子孫と出会う機会に恵まれました。
話をする中で、村医者と私の先祖は縁戚関係にあり、江戸から明治にかけて何度も婚姻関係を結んでいたことがわかりました。

私の先祖には薬の知識があり、蔵にあった薬の瓶は、家族が病人の治療に使っていたものだったのです。

【資料に記される薬草の記録】

さらに庄屋文書を調べてみると、薬に関する記録が多く残されていました。
丸薬、付薬、煎薬など、多種多様な薬の名前が記されており、薬草の知識が受け継がれていたことを感じました。
またその後、実家の庭先に植えられていたのは「リュウノヒゲ」で、お盆に描かれていたのは「アケビ」であり、それぞれ生薬としても利用される植物であることが分かりました。

【薬草の世界へ】

ある時、友人がスギナを食事に取り入れていると聞き、ハッとしました。
それは、自分の中にずっとあった「薬草への想い」に気づいた瞬間でした。

あの蔵の薬の瓶、庭の青い実の植物、お盆に描かれた植物……。
すべてが、私を薬草の世界へと導いていたのだと思います。

【独自に研究を開始】

令和5年、早春。薬草の旬を知ると、いてもたってもいられず、自然豊かな近くの山々へ通い始めました。
野草を摘み、未知の植物に出会えば、その薬効を徹底的に調べる日々。
薬草酒、化粧水、クリーム、料理……。あらゆる活用法を試しながら、夢中で研究を続けています。

【植物に対する理念】

私は、植物の意識は人間とつながっていると信じています。だからこそ、薬草を扱う時は、自分のエネルギーが高まっている時を選びます。
そうすることで、植物と共鳴し、美しい薬草が生える場所へと導かれる――そんな不思議な体験を何度もしてきました。

私の信頼する薬草界の権威・中村臣一郎先生も「植物は高い知性を持つ」と語られています。
農薬に耐性を持つ薬草は、危険を察知して遺伝子を組み替える力を持っているのです。

植物への敬意。
それこそが、私の薬草仕事の根本にある理念です。


実家の軒先に植えられていたリュウノヒゲ
【生薬名】
麦門冬(バクモンドウ)

お盆に描かれたアケビ
【生薬名】
木通(モクツウ)